サイトへ戻る

靴紐を削る?鉛筆を削る?

靴紐をとおして考える幻想による記憶捏造の科学

2019年12月5日

ある日の1コマ

2週間前

妻:ねえ、あなた、再来週このレストランで結婚10周年のお祝いをしましょうよ。この店おいしいんですって。
 

夫:[ポケモンのパルキア捕獲中] ああ、いいよ。ちょうどその週の週末は課長とのゴルフもないし、お祝いしよう。
 

妻:わあ、うれしい。じゃ、予約しておいてね。
 

夫:あ、やった!よし、予約しておくよ。

【2週間後】

あの、2名です。7時に予約を入れたのですが。
 

ウエイターご注文の際のお電話番号は?
 

0912-345-678
 

ウエイターえーと……確かにこの電話でご予約いただきましたか?見つからないのですが。
 

[振り返って夫を呼ぶ]ねえ、どの電話で予約したの?予約の記録が見つからないそうよ。
 

僕が?君が予約したんじゃないのか?
 

私じゃないわ。貴方自分が予約するって言ったわよ。
 

違うよ。君がするって言ったよ。
 

……OXOXOXOX……

この夫婦の対話と対立、覚えがありませんか。親子天下雑誌に、夫婦喧嘩の原因の1つは、一方または双方の「過度な記憶への依頼」である(曽多聞、2018)と記載されていました(2018)。この男性のように、自分が言ったことを自分が忘れていながら、奥さんの記憶違いだと責め、このため仲たがいが生じるというわけです。記憶違いでけんかをするならまだしも、記憶違いにより刑務所行きにでもなったら大変なことです。他人の誤った記憶のために冤罪で逮捕され、投獄された潔白な人が大勢いることがアメリカで究明されました(Albright、2017)。この研究者Thomas D. Albrightは、面通しにより容疑者を逮捕したケースのうち、上訴後に証言の誤りが発覚したケースが75%に達すると指摘しました(2017、7758ページ)。

人の記憶はこんなにあやふやなものでしょうか。今日は想像による記憶捏造の研究についてお話しし、記憶心理学者が靴紐をどのように科学的研究に利用したかを探り、記憶と幻想の間にある神秘を理解したいと思います。

2002年、アメリカのワシントン大学(University of Washington)のAyanna K. Thomas、Elizabeth F. Loftus教授がワシントン大学の学生210名に声をかけて、おもしろい心理学の実験を行いました。この研究は (1) 事実のコーディング (2) 行為のイメージ(3) 結果判定の3つの段階から成ります。まずThomas & Loftusが54の行為指示を計画しました。このタスクのうち27が普通の行為[1]、残り27が奇異な行為[2]です(Thomas & Loftus, 2002, p.425)。

[1] 「普通の行為」は、客観的法則と社会通念に適う行為やふるまいを指します。(コインを投げる、ペンで自分の名前を書く等)。

[2] 「奇異な行為」は、常理に適わない行為や動作を指します。(鉛筆削り機で靴紐を削る、空のコップを耳に掛ける等)。

一、事実のコーディング

最初の実験で、この2名の研究者は学生達をランダムに9のグループに分けました。各グループに与える行為指示は順序をばらばらにし、個別にこの54の行為を実演させました。各被験者の席に指示に関係する道具(靴紐、鉛筆削り機等)を置きました。この9グループの研究員は学生に18の指示行為の実演と、別の18の指示に必要とする行為の想像をさせ、最後の18はそのまま放置しました(Thomas & Loftus、 2002、 p.425)。各グループの学生が求められた18の実演課題と18の想像課題は全く同じものではありません。また各課題の実演と想像の時間は15秒にしました(p.425)。

二、行為のイメージ

36のタスクを使用して下準備を済ませたら、学生を休ませ、翌日(24時間後)実験室に戻らせました。第2段階の実験で、この学生達はもう一度同じ54の課題を受け取りました。ただ今度はどの行為指示についても実演せず、研究員が選んだ課題について7秒間の行為の想像を1回、7秒間の想像を5回行いました(もちろん、あの「鉛筆削り機で靴紐を削る」のテーマも含まれます)。これで学生達は108の行為を想像したことになります(Thomas & Loftus、2002、p.425-426)。

三、結果判定

待ちに待った結果判定の段階です。人の記憶の程度を把握するために、Thomas & Loftusは記憶を「覚えている」(remember)と「知っている」(know)に分け、第一段階と第二段階の実験の2週間後に、各行為指示について、実際に「鉛筆削り機で靴紐を削った」というように、行為を「覚えている」か、或いは「知っている」か学生達に答えさせました(Thomas & Loftus、2002、p. 426)。

結果はどうだったでしょう?意外にも、人は1つの動作を5回以上想像すると、自分がそれをしたことがあると思い込みやすく、それが奇異なふるまい(上記の「鉛筆削り機で靴紐を削る」等)であっても同様です。しかも、この誤った認知は正しい記憶を14%も上まわります。(Thomas & Loftus、2002、p. 429)Thomas & Loftusは、これは、人がある事柄や動作を繰り返し実行すると、大脳の帰属(attribution)メカニズムにより事柄の特徴が保存され、次回同様のメッセージや信号が現れた時、これまで現実に発生したことでなくとも、自動的に過去の記憶を思い出すためではないかと考えました。(p. 429)。

この研究資料をお読みになった後、次回「記憶/印象」の問題で家族や友人と言い争いになったら、まず冷静になって自分の記憶違いではないかどうか考えてみようと思っていただければ幸いです。記憶違いが自分でなくても、相互の関係を和らげることができるなら、自分の方が間違えたのだと言っても損はないと思いますよ。

参考文献: